【vol.2492】
こんにちは!
カウンセリングオフィス
プログレスのむかいゆかです。
4週間ほど前に
愛猫ルナを見送ったことを
ブログに書きましたが
実は、同じ週に
入院していた父も見送りました。

ルナも父も
最後に息を引き取った瞬間に
そばにいたのは
私一人でした。
母も既に他界しているので
長女の私が
喪主を務めることになりました。
喪主として
やらなければならないことって
次から次へとやってくるんですよね。
段取りを決め、
方々への連絡をし、
会葬者にご挨拶をする。
「しっかりと父を送り出さねば」
という一心で、
私は粛々と動いていました。
涙は、その間も
幾度となく出ていましたが
それでもなんとか自分を保てていた
と思っていたんですよね。
通夜が終わった夜、
私はいつもよりずっと少ない量しか
お酒を飲んでいませんでした。
(お酒は強い方です。笑)
それなのに
自分でも驚くほど
えらく酔いが回ってしまったのです。
泣き始めてしまい、
寝かしつけられて
一旦は眠りについたものの、
自分の号泣する声で
目が覚めてしまいました。
子どものように
泣きじゃくっていた自分に
自分で気づいたのです。

そのときの涙は
それまでの涙とは
明らかに違うものでした。
たぶん、
気力では保てていたつもりでしたが
身体は
「これ以上は、もう抱えきれないよ」
と反応してくれていたのだと思います。
大切な人を看取ることの
責任の大きさや
本当は誰かに縋りたかったのに
そうできなかったことで生じた
心細さ…。
そういった感情から生まれた
エネルギーというものが
想像していた以上に大きくて
それを、一旦、身体が
代わりに引き受けてくれていたけど
パンパンになってしまっていたようです。
「emotion」という言葉は、
「e(外へ)」と「motion(動き)」から
成り立っている…という話を
聞いたことがあります。

感情は、本来、
外に向かって動くように
できているもの。
あの夜、号泣という形で
外に出ていったのは
看取っている間ずっと
うちに押し込めていたエネルギー
そのものだったのだと思います。
無理に抑え込まず、
身体を通して感じきれたことは、
私にとっては、結果的に
良かったことでした。
もちろん、
これが唯一の正解
というわけではありませんが
たまたま私は、
このような形で
感じきることができた。
ただ、それだけのことです。
看取るときも、支えるときも、
「しっかりしなければ」
という役割意識が先に立つことは
同じなのかもしれません。
けれど、その役割を
全うできるかどうかは
感情を
押し殺せるかどうかではなく
押し込めたものを
どこかできちんと
感じきれるかどうかに
かかっているのだと思います。
というのも
セラピストである前に
私も感情を感じる
ひとりの人間であるから…。
独りで見送るということは
孤独なことでもありました。
けれど同時に、
その存在と、最も深く繋がれた
大切な時間でもあった。
今となっては、そう思えます。
カウンセリングオフィスプログレス
公認心理師 | 臨床心理士 | AEDP®︎認定セラピスト
向 裕加(むかい ゆか)
| 住所 | 〒060-0042 札幌市中央区大通西1丁目14-2 桂和大通ビル50 9F マップを見る |
|---|---|
| 営業時間 | 【火~金】13:00~20:15 【土】10:00~17:00 |
| 定休日 | 日・祝日・月 |