「客観的にみると
私はたぶん承認欲求が強いんだと思います」
セラピーをしていると
こういう言葉をよく耳にします。
【vol.2433】
こんにちは!
カウンセリングオフィス
プログレスのむかいゆかです。
自己理解が深くて
勉強熱心な方ほど
こういう言葉が出てくることが
多いんですよね。
それだけ
自分のことをよく考えてきたので
なぜ自分がこうなったかも
ある程度はわかっているけど、
なぜか変われない。
これは、なぜでしょうか?
「客観的にみると…」
という言葉の中に
ヒントがあるように感じています。
客観的にみる…ということは
自分の外側に立って
自分自身を観察するということ。
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それはとても大切な能力です。
ただ
「外側から観察している」
ということは
裏を返すと
「内側にはいない」
ということでもあるんですよね。
感情は
私たちの内側にあります。
身体の中にあります。

「客観的にみると
私は悲しいんだと思う」という言葉は
悲しみを頭では理解しているけれど
悲しみを感じているわけではないのです。
その違い、伝わりますか?
分析が得意な方ほど
この落とし穴にはまりやすいです。

何か辛いことがあったとき
感情に飛び込む前に
頭が先に動いてしまう。
「これはなぜ起きたのか」
「自分のどういう部分が反応しているのか」
「心理学的に言うと何というパターンか」
気づいたら
感情ではなく分析の中にいる。
これはけっして
あなたのせいではありません。
感情に触れることが怖かった。
あふれてしまいそうだった。
だから頭の中に避難して
頭を使うことで
「自分を守ってきた」
ということなんですよね。
その癖が、長い年月をかけて
染みついてしまったのです。
ここで少し
自分の身体に聞いてみてください。
今この瞬間
胸のあたりはどうですか?
お腹の奥は、喉のあたりは?
何かを感じますか?
「よくわからない」という方、
実はそれが答えです。
つまり
自分の身体の感覚から
長い間離れてきたという証拠。

自己分析は
使い方によっては
感情へのアクセスへの
妨げともなり得るのです。
「わかった」という感覚が
「感じた」という体験の
代わりになってしまう。
だから
どれだけ熱心に勉強しても
多くの気づきを得たとしても…
同じところに
戻ってきてしまうんですよね。
変化が起きるのは
頭の中ではありません。
身体と感情の中で、何かが動いたとき。
そしてそれは、
安心できる関係の中でしか起きません。
本を読んで
ひとりで分析を深めていくだけでは
辿り着けない場所があるのは
そういうことなのです。
「客観的にみると
私はたぶんこういう人間なんだと思う」
その分析は
きっと正しいことでしょう。
でも、そろそろ
「客観的に」をいったん手放して
内側に入ってみませんか。
真の意味で
「これが自分なんだ」と
感じられるようになるためにも。


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