
「十分じゃない」と感じてしまった
子ども時代の記憶。
名古屋滞在をきっかけに
その思いが亡き母との記憶とともに
よみがえりました。
【vol.2231】
こんにちは!
カウンセリングオフィス
プログレスのむかいゆかです。
今日から開催されている
日本人間性心理学会に参加するために
久しぶりに名古屋にやってきました。
最後に名古屋に立ち寄ったのは
2023年の5月下旬、
伊勢神宮に行く途中のことでしたが
そのときは経由しただけで
滞在はしませんでした。
実際に名古屋に泊まるのは
前職の大学勤務時代に
認知行動療法系の学会に参加したとき以来。
かれこれ
15年ぶりの滞在になります。
そんな名古屋に
私がはじめて来たのは
小学6年生のときのこと。
バトントワリングの
全国大会に出場するため、
チームメイトと一緒に訪れました。
亡き母はあんこが大好きで
どら焼きやおはぎ、羊羹を
よく食べていました。
はじめて名古屋に来たとき
両親は帯同していなかったので
私は母へのお土産にと
「名古屋名物のういろう」を
たくさん買って帰りました。
小学生の私には
羊羹とういろうの違いなんて
分かるはずもなく。
ただ
「羊羹みたいなお菓子だから
母はきっと喜んでくれるだろう」
そう信じて胸を弾ませていたのです。
けれど
札幌に戻って渡したときの母の反応は――
「ういろうは好きじゃない」
その浮かない顔に
胸がきゅっと縮むのを感じました。
思い返せば、母は嘘でも
「嬉しい」とは言わない人でした。
コーヒー好きの母のために
誕生日に可愛いカップとソーサーを
贈ったこともあります。
けれど
そのとき母が口にしたのは――
「こういうのは私は使わない」
「別にプレゼントを
してもらわなくてもよかった」
子ども心に
やっぱり胸が痛くなりました。
母は自分の気持ちには
とても正直な人でしたが
その率直さは私には
「拒絶」として響いていたのです。
「私は母を喜ばせられないんだ」
「何をしても十分じゃないんだ」
そう思いながら育った記憶が
今も心の奥に残っています。
セラピーの現場でもよく出会うのは
こうした「子ども心に刻まれた感覚」です。
たとえ親に悪気がなかったとしても
子どもの目には
「拒絶された」「愛されない」
という体験として強く残ることがあります。
子どもは親の反応を
「自分の価値」と結びつけてしまう。
そのために
「何をしても十分じゃない」
という感覚を抱え続け
大人になっても
苦しみにつながっていくことが
あるのです。
だからこそセラピーでは
子どもの頃に叶わなかった
「受けとめてもらう体験」を
大人になった今、
もう一度取り戻すことを
大切にしています。
幼い自分が味わった痛みを
丁寧にすくいあげ
共に受けとめていく。
その積み重ねが
癒しへとつながっていくのです。
名古屋に来て
亡き母との思い出が
よみがえってきています。
ういろうを喜んでくれなかった母も
プレゼントに浮かない顔をした母も
今では懐かしく思い出されます。
けれど、あのとき
子ども心に刻まれた切なさは
セラピーで出会う
多くの方の痛みと重なります。
「十分じゃない」
「受けとめてもらえない」という感覚は
誰かの心を長く縛りつけるものだからです。
だからこそ、セラピーでは
その切なさをひとりで抱えるのではなく、
安全な場で受けとめてもらう体験が
大切になります。
それは
子ども時代に叶わなかったことを
今あらためて取り戻していくプロセス。
もし、あなたにも
似たような感覚があるなら――
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